1978年生まれ 神奈川県大磯町出身。

2000年、演劇雑誌「カンフェティ」現編集長・吉田祥二氏に師事。
同氏が当時主催する早稲田大学主体の劇団「口遊階級」に参加。
劇団員として在籍しながら、他劇団にも精力的に客演。
早稲田大学、大隈講堂前にて現在活躍中の舞台監督「M.D.C(マッスル・ドッキング・カンパニー)」
総帥・川上大二郎氏による「マリーアントワネット台詞しゃべれよオーディション」(笑)に
ドキドキしながら挑戦。川上氏のお許しを得て「ドラム’ス」に客演として携わり、
「ドラム’スのとりあえずやってみよう」@上高田プロトシアターにて初舞台を踏む。
当時、「青年団」の若手演出部に所属していた演出家・中埜コウシ氏と吉田氏が
立ち上げたユニット劇団「bound」の旗揚げオーディションに合格。
2001年に俳優・大浜直樹氏の「LIVES」の本多劇場公演に参加。
そして2003年、初めて自分で作・演出を手がけた「傑族構成」を旗揚げ。
2004には劇作家・青木豪氏の「グリング」オーディションに合格。
活動の幅が広がる中、家庭の事情(笑)で夢半ばにて実家に出戻り。。。
そして、社会人としてうだつの上がらない日々を過ごし、演劇に打ち込んでいた日々は過去の夢・・・
とあきらめかけていた時、知人より「社会人劇団」の存在を知る。
2009年、藤沢市を活動拠点とする「劇団シャインズ」に入団。
社会人として公演を打つ事の厳しさやそれを乗り越えるノウハウを学びつつ、
2010年4月、5年ぶりに舞台に立つ。
同時に傑族構成再開を念頭に、劇団シャインズを退団し、現在に至る。

▽舞台(主なもの)
2000年8月 ドラム’ス 「ドラム’スのとりあえずやってみよう」 (初舞台)
2000年12月 口遊階級「あなたのはずれで」 @新宿パンプルムス
(口遊階級・初出演。以降2004年 「ノーヘル」 まで全口遊階級作品に出演)
2001年3月 ドラム’ス 「ドラム’ス市場・S/Sコレクション」 @渋谷space EDGE
2001年8月 LIVES E-1GP優勝記念公演 「ROPPONGI NIGHTS」 @本多劇場
2003年11月 傑族構成第1回公演 「大きな一度」 @荻窪アールコリン 作・演出・出演
2004年6月 グリング第9回公演 「旧歌」 @下北沢「劇」小劇場
2010年5月 劇団シャインズ第2回公演 「編集者 我孫子智志 -悪魔が来たりて-」
@川崎H&Bシアター
2011年7月 劇団 team893 8色祭 コント「たてなおす!」作・演出
2011年11月 劇団シャインズ前座公演 「聖戦」 作・演出・出演
▽CF
2005年5月 キリン一番絞り(加賀太きゅうり編)
▽TV
2005年 「ショートショート」 (フジTV721ch)
▽映画
2005年 映画「スタア!」監督・仲井陽 (夕張国際映画祭学生部門準グランプリ作品 )
2005年 「いちごの欠片」 (主演・押尾学 笑)
▽企画公演
2005年6月 傑族構成企画公演 其の壱 「diligent」 作・演出
2006年5月 傑族構成企画公演 其の弐 「言葉と、声と、天気と、晴れて。」 作・演出
2011年3月 傑族構成企画公演 其の参 「しょんべんでうがい」 作・演出

1981年生まれ 神奈川県大磯町出身。
 
主催守屋剛の実の弟。まさに「血族」(笑)。
中3から兄の影響でヒップホップに目覚め、MC JUGONの名で兄弟ユニット「BROKONG」を結成。
それとは別名義でMORIGO(主催 守屋のMC名)と同じくソロ活動を開始していた
D.A.B.I.(制作 加藤のMC名)「死神一派」としても活動。
飽き性のMORIGOに翻弄されながらも、渋谷でゲリラライブ敢行。
「俺恥ずかしいから嫌だよ・・」とMORIGOが逃げ腰になる中、大磯駅前でチラシを配ったりと精力的に活動。
MORIGOの「俺はお笑い芸人になる」発言を機に「死神一派」は空中分解すると
単身プロを目指し上京するが“家賃の滞納”で挫折。大磯に戻り現在に至る。
・・・(笑)
主宰 守屋の演劇活動を初舞台から全作品観劇。
「何でも真似したがる弟」のスタイルそのままに、2003年11月傑族構成第1回公演で初舞台を踏む。
もって生まれた華のある演技で、実力は守屋以上との声も少なくも多くもない。
特技はモノマネ。最近は白髪まじり。
自称「大磯の左とんぺい」、座右の銘は「心を武装し、我ら最前線に立つ!」
傑族構成きっての役者であり、稽古場管理担当。

▽舞台
2003年11月 傑族構成第1回公演 「大きな一度」 @荻窪アールコリン 出演
2011年3月 傑族構成企画公演 其の参 「しょんべんでうがい」 出演
2011年11月 劇団シャインズ前座公演 「聖戦」 出演

1977年生まれ 神奈川県大磯町出身。

本来演劇とは無縁の社会人生活をしていたが、
同級生である守屋剛にPR、バックオフィス系の手腕を買われ、
傑族構成専属の制作になり、第1回公演「大きな一度」を成功に導く。

憂国のMICROPHONISTと銘打ってヒップホッパーとしてソロ活動する一方、
守屋兄弟とつるんで死神一派を結成。ライブなどの活動などを行う。
その後一般企業に就職し、ごく普通のサラリーマンとして過ごす傍ら、
趣味であったダーツのチームTHREE CORNERED DEADLOCKを組織。
カメラや自転車、タロット占いの他、メダカを飼育などとりあえずやってみる男。
結局コント「聖戦」に役者として名を連ねることにもなり、死角はない。
やらなきゃいけないことすぐ忘れる、自称左脳派マルチクリエイター。

▽舞台
2003年11月 傑族構成第1回公演 「大きな一度」 @荻窪アールコリン 制作
2011年3月 傑族構成企画公演 其の参 「しょんべんでうがい」 制作
2011年11月 劇団シャインズ前座公演 「聖戦」 出演